こども考古学者の部屋

保護者・先生方へ―「大仙古墳と仁徳陵古墳という名称」について

本文に使用している大仙古墳という名称は、仁徳天皇陵かどうかはわからないことから地名からとっています。

しかし、この名称は学術用語としては流動的で いまだに確定していません。1970年以前には、明治時代以降つけられた「仁徳天皇陵」という名称を使っていましたが、考古学研究者の中から「仁徳天皇陵」という古墳に入っている人が、実は仁徳天皇かどうか分からないにもかかわらず、仁徳天皇と呼んでしまうと、誤解を生んでしまうので、「仁徳陵」と呼ばずに「仁徳陵古墳」と呼ぼうと提案がありました。

そして、さらに1976年には、ふつうの遺跡の命名法で、もともと呼ばれていた地名をとって「大山古墳」にしようという呼びかけがありました。この間、若干のタイムラグをおいて教科書の用語表記は追従し、変化してい ます。

最近では、「大仙古墳」「大仙陵古墳」という名称になりつつあります。この本文では最も新しい名称を採用しています。ちなみに全国から寄せられた小学生からの質問の名は「大山古墳」です。この30年の間に同一の古墳の名称が教科書の上で、3度も名前を変えることになっているのが現状といえます。

つまり、内容がそれほど変わらないと思われがちの歴史の教科書でも10年ごと にこれほど大きく変わっています。本文にある「大仙古墳」の名は小学生の教科書にあわせたかたちで用いていす。

しかし、1970年代前半までに学校教育を受けた方々には耳慣れない名称ではないかと思います。したがって、そうした方々に配慮するため、近つ飛鳥博物館の展示では仁徳陵というという名を残すとともに、この古墳は仁徳天皇の墓ではなく、現在、宮内庁に仁徳天皇陵として管理されているところの古墳という意味で、1970年代前半に用いられた「仁徳陵古墳」の名を採用しています。